高次脳機能障害の症状一覧
高次脳機能障害であらわれる代表的な症状は、次のとおりです。
相貌失認
相貌失認とは、人の顔を見ても、それが誰かを認識できない障害を指します。視力に問題があるわけではなく、目の前にいる人の顔の「特徴」は見えていても、それを記憶と照合して「○○さんだ」と認識することができなくなります。
例えば、事故の後に家族や友人の顔が分からなくなったり、毎日会う同僚を認識できなかったりすることがあります。名前や声、服装、髪型などで判断するしかなく、初対面のような不安を毎回感じてしまうのです。
原因と脳の部位
相貌失認は、脳の後部側頭葉、特に右側の紡錘状回(ぼうすいじょうかい)と呼ばれる部位の損傷によって引き起こされることが多いとされています。この部分は「顔認識」に特化した脳領域とされており、ここが損傷すると、顔の識別や記憶との照合が困難になります。
見えない障害ゆえの誤解
相貌失認は外見からはまったく分かりません。そのため、周囲の人からは「無視された」「冷たい」「失礼だ」といった誤解を受けやすく、人間関係のトラブルや社会的孤立を招くこともあります。
本人も「なぜ相手の顔が思い出せないのか」と混乱し、強いストレスや自己否定感に陥るケースも多く、うつ症状や不安障害と併発することも少なくありません。
相貌失認は、後遺障害等級認定においても軽視されがちです。身体的な障害に比べて立証が難しく、本人の訴えだけでは認定を受けにくいのが実情です。しかし、神経心理学的検査や医師の診断書、日常生活への影響の詳細な記録をもとに、適切な主張を行うことで、後遺障害として評価される可能性が高まります。
半側空間無視:左側が見えない
半側空間無視とは、右側の大脳損傷を受けたために、損傷した脳の部位と反対側の空間(左側)が認識できなくなる症状のことをいいます。
まれに、左側に損傷を受け右側が認識できなくなるという右半側空間無視があらわれる場合もありますが、右半側空間無視の多くは一過性で改善します。右頭頂葉の頭頂-後頭-側頭葉接合部である下頭頂小葉への損傷が主な要因と考えられていますが、前頭葉の背外側部、後頭葉の内側面と海馬傍回、視床枕、内包後脚への損傷によっても引き起こされるとも考えられています。
この症状は、視覚的に見えていないのではなく、認識できない状態にある点が特徴的で、食事の際に自分より左側にある食べ物を残す、歩いているとだんだん右側に寄っていくなどの行動に表れます。左側が認識できないため、障害物の存在に気付かずぶつかってしまうこともあります。また、重症の場合はまっすぐ前を向くことができず、左半側空間無視であれば顔だけが右側を向いている状態になることもあります。
この場合、左側から声をかけても反応しないことがあり、誘導して顔を向けさせても、すぐにあらぬ方向を向いてしまいます。
失語症
失語症とは、脳の損傷により言語機能に障害が生じた状態のことをいい、声そのものが出ない失声症とは異なります。
失語症には、言葉が上手く出ずつっかえつっかえ話す非流暢整と、言語は明瞭であっても内容は意味不明で、言い間違いが多い流暢性に大別され、それぞれの症状は以下のように分類されます。
頭にイメージがあってもそれに対する言葉を思い出せないことを喚語困難といいます。言語を喚起するのが困難な状態という意味です。
加齢によっても日常使わない言葉が出てこなくなることがありますが、失語症では日常使う当たり前の言葉が出てこなくなります。言葉の発音が乱れることをアナルトリーといい、失構音と訳されます。
例えば「音楽」が「おん、がー、く」や「お、んがー、っく」のように発音に歪みが生じ、間違い方も一定ではありません。また、発音の障害では音の入れ替えにより言い間違いが起こる音韻性錯語もあります。
発音そのものがたどたどしいアナルトリーと異なり、音自体は正しく発生されますが、言葉を発する段階で変化が生じ、意味の通じない言葉になります。「電話」が「えんわ」や「テレビ」が「てびれ」、「メガネ」が「てがね」といった具合です。
これに「リンゴ」を「トイレ」のように全く別の言葉と勘違いする誤性錯語が加わり、さらに変化が加わると新造語となります。そして、これらの錯語が連続するとジャルゴンと呼ばれる状態になり、聞いていてもまったく意味がわからなくなります。
また、話の内容が理解できず何度も聞き返すといった症状が現れることがあります。これはワーキングメモリーの障害や、言葉がうまく聞き取れない語音弁別障害、言葉の内容が理解できない理解障害が複合して現れます。さらに聞く、話すだけでなく、読み書きに関しても困難になり、言語コミュニケーション全般において問題が生じることもあります。
固執性:物事に固執する
固執性とは、ささいな事へのこだわりが強くなり物事に執拗に固執する症状のことをいいます。周囲が指摘したり、制止したりしようとしてもやめることができなかったり、日常生活においても、あらゆる行動で一定の手順を踏まなければいけないと思い込んだりすることがあります。
生活のリズムが狂う
主に昼夜が逆転し、生活のリズムが狂うことがあります。規則正しい生活は健康を維持するため、社会生活を送るうえでも重要なことの1つです。しかし、意欲・発動性の低下により昼間ボーッとして過ごしてしまい夜眠れなくなる、欲求のコントロールができずにネットやゲームに夢中になりすぎるといったことが原因で生活のリズムが狂うと考えられています。
地誌的失見当識:道に迷う
地誌的見当識とは、今自分がどこにいるかわからなくなったり、どこに進めばいいのかわからなくなったりして道に迷う症状のことです。これは、道順が記憶できない記憶障害、目印が見えても脳が認識できない視覚認知障害、目印を見落としてしまう注意障害などが複合的に絡み合って生じると考えられています。
また、地誌的失見当識の特徴的な症状として、街並失認や道順の障害が現れることもあります。
街並失認とは、自宅周辺など見慣れた場所であるにも関わらず、どこなのかわからないという状態です。道順は分かり、周囲にある建物の存在なども認識できていますが、どれが目印になるのかが分からないために迷ってしまうのです。中にはその場所を地図や見取り図を描いて説明できる人もいますが、実際にその場に行ってみると迷ってしまいます。 見慣れた風景であるにも関わらず、初めて訪れた場所のような感覚を覚えることもあります。道順の障害は街並失認とは逆に、自分がどこにいるのか、どれが目印なのかは認識できます。
しかし、その目印と目的地との位置関係が分からない、いわゆる方向音痴の状態になるため、道に迷ってしまうのです。他にも、失見当識の症状の1つとして、季節感がなくなることもあります。
感情コントロールの低下
脱抑制、易怒性と呼ばれる症状で、自分の感情がコントロールしにくくなることがあります。これは感情を制御する前頭葉、特に外側眼窩前頭回路の損傷が主な原因と考えられています。年齢の高低にかかわらず、社会の中で生活してきた人間であれば、たとえ怒りを覚えたとしても、ここで感情を爆発させたら相手はどう思うだろうか?自分はどう思われるだろうか?と考える瞬間があります。しかし、高次脳機能障害の症状による場合、この思考ができなくなり、思ったら口に出さずにはいられない状態になります。もちろん、元々障害がなくても怒りっぽい性格の人や、余計な一言が多いタイプの人もいます。感情表現については個人差があるため、交通事故の前と後との性格の変化などが見極めのポイントになるでしょう。
なお、この症状は他人とのトラブルに発展しやすく、社会復帰を阻害する要因になる可能性があるということも注意すべき点といえます。また、怒りだけでなく、ちょっとしたことで泣いたり、大笑いしたりと喜怒哀楽の振れ幅が大きくなるといった症状が現れることもあります。
欲求コントロールの低下
食欲、物欲、ギャンブルなどの欲求に対する抑制がなくなることがあります。この場合、食べ物やアクセサリーなどの物品を無制限に求めてしまったり、ギャンブルで手元にあるお金を全て使い切ってしまったりするなど、我慢ができず、その衝動が抑えられないといった症状が現れることがあります。
人格機能の低下 子どものようになる
人格機能の低下とは、父親が子どもと本気でお菓子の取り合いをしたり、妻の行くところにどこへでもついて行こうとしたりするなど、年齢相応の行動が取れず、社会に溶け込めなくなってしまうことをいいます。
中には本人が社会的にはおかしいと自覚している場合もあり、外では年齢相応に振る舞いながら、家庭でのみ子どものような行動をすることがあります。また、羞恥心が欠如することや、我慢ができなくなることもあります(脱抑制)。
遂行機能障害
遂行機能障害とは、目標を設定したあと、その過程を計画・効果的に行動していくことができなくなる(計画が立てられない)症状や、最適な判断を下し、行動を修正しながら物事を進めるといったことが難しくなる(要領が悪い)症状のことをいいます。
私たちは、日々の生活において①目標を設定し②計画を立て③実行し④評価・判断する行為を繰り返しています。この一連の作業を“遂行機能”といいます。一見、一大プロジェクトのように思えますが、私たちはこの一連の作業を日常生活の中で当たり前のように行っているのです。
その典型例の1つに挙げられるのが料理です。何を作ろうかを決め(①)、そのための材料を集めレシピを用意し(②)、調理し(③)、味見をして味を整える(④)といった一連の動作を、私たちは当然のように行っています。交通事故などによる脳の損傷により、これらのうち①や②の部分に障害が起こることがあります。①や②の部分に障害が起こると、計画的に行動することが困難になります。明確なゴールを設定できないままに行動を開始してしまうため、計画性のない行き当たりばったりの行動が目立つようになります。また、指示されないと、自分では何からやればいいのか分からないというのも症状の1つとして挙げられます。これもゴールを設定できないため、行動の開始が困難になってしまうからです。1つ1つの作業は問題なくできる場合でも、それらを組み合わせた一連の流れで行おうとすると、とたんにできなくなるというのが特徴的です。
また、③と④の機能を司る部分に障害を負うと、段取りや要領が悪くなったり、行動が自己流になったりしがちです。ある行動についてもっと効率の良い方法があるにもかかわらず、1つのやり方に固執するため、非効率なままで推し進めてしまいます。また、行動を修正することができないため、何度も同じ失敗を繰り返してしまうこともあります。
意欲がなくなる
意欲の低下とは、自発的な活動が乏しくなったり、何事にも無関心になったりする症状のことをいいます。
意欲の低下が起こると、1日中ボーッとして過ごすことが多くなり、指示されないと日常的な生活動作すら起こそうとしなくなることがあります。交通事故で損傷を負った場合に、事故前よりもぼんやりとすることが多くなったり、明らかに自分から行動する意欲が低下したりした場合には、高次脳機能障害の症状である可能性が考えられます。
物事に関心がなくなる
人や趣味に無関心になり、自発的な行動が乏しくなることがあります。相手の気持ちを察することができなくなるので、他人から「空気が読めない」と思われるようになったり、事故前まで続けていた趣味をしなくなったりして、指示がないと一日中ごろごろして無為に過ごす場合には、高次脳機能障害の症状である可能性が考えられます。
行動開始の障害:行動が億劫になる
行動開始の障害とは、何かの行動を起こすときに物事に取りかかることが出来ないという症状のことをいいます。その行動自体ができないのではなく、やる気がないのでもありません。自発性が低下し、自分自身でスタートを切ることができないのです。ただし、第三者から促され、いざ行動を始めてしまうと、その後の行動は問題なくできてしまうことが多々あります。
作話:ありもしない話をつくるようになる
作話とは、実際には体験していないことをあたかも体験したことのように話す症状のことです。記憶障害の一種であり、その多くは、周囲の人の話やテレビで見聞きしたことなど外的な刺激に影響され、過去に体験した自分の記憶の断片を修復することで話が作り出されます。作話でよく見られる状況は、その時々の会話の中で発生する記憶の欠損や、それによる戸惑いを埋める形で出現する、”当惑作話”と呼ばれるものです。そのため、話し相手の問いかけから誘発されることが多く、話す内容にも一貫性がありません。 周囲の人間にとって難しいのは、症状が出ていることを判断しづらい点です。家族など身近な人であれば、会話の内容が作話であるのかどうかはある程度判断しやすいのですが、滅多に接することがない人にとっては、本人が真面目に流暢に話すため判断できず、トラブルの原因となる場合があります。また、仮に作話であるとわかった場合でも、その内容を真っ向から否定すると、戸惑いを助長しさらなる作話を誘発する可能性があるため、対応にも注意が必要です。脳外傷の後に話の内容がコロコロと変わったりする、自身が体験していない出来事を作って話すといった症状がある場合には、高次脳機能障害の可能性が考えられます。
逆向健忘:昔のことが思い出せない
記憶障害の一つで、発症以前の出来事を思い出せなくなることがあります。
記憶とは、過去の情報の蓄積です。経験したり見聞きしたりしたことを覚え(記銘)、重要なことは貯めておき(保持)、必要な時に思い出す(想起)という、脳内における一連の活動の総称という事ができます。この記憶とは、図書館の本棚のように整理されて並べられているわけではありません。様々な事象や事柄がばらばらにあり、それらが必要に応じて脳内細胞によって繋ぎ合わされることによって、記憶という形になるのです。この脳内細胞によって繋がれた情報のネットワークが働かなくなることを、記憶障害といいます。
また、記憶には日々の経験に基づいたエピソード記憶、知識として蓄積された意味記憶、いわゆる体が覚えている状態である技能的な手続き記憶などがありますが、一般的に記憶障害とはエピソード記憶の障害を指します。
つまり、人の顔や名前、昨日どこで何をしていたかなどが思い出せない、物忘れの激しい状態になります。発症の数分~数年前と、思い出せなくなる期間の長さは個人差がありますが、受傷、発症の直前の記憶が最も障害を受ける可能性が高くなります。また、すべての記憶を失う場合もあれば、部分的な記憶のみが失われることもあります。特に、自分自身のことについてすべてを思い出せない状態を、“全生活史健忘”と呼びます。
前向健忘:新しいことが覚えられない
前向健忘とは、記憶障害のことで、発症以降にあった出来事を思い出せなくなる症状(記憶ができない)や、話をしているときに話の内容が横道に逸れていき、何の話をしていたか思い出せなくなる症状(ワーキングメモリー)をいいます。これまでの経験や学習によって得た、様々な情報を脳内に保存し、必要に応じて脳内細胞が繋ぎ合わせることで思い出すことを記憶といいます。この脳内細胞によって繋がれた情報のネットワークが働かなくなることを記憶障害といい、高次脳機能障害の典型的な症状の1つとして挙げられます。
記憶障害の中で、交通事故に遭って以降の出来事を思い出せなくなることを“前向健忘”といいます。最近に経験したことを思い出せなかったり、新しいことを学習できなくなったりするのです。記憶には日々の経験に基づいたエピソード記憶、知識として蓄積された意味記憶、いわゆる体が覚えている状態である技能的な手続き記憶などがありますが、一般的に記憶障害とはエピソード記憶の障害を指します。
前向健忘で、昔の記憶や体験的に学習したことは比較的覚えていることが多いのはこのためです。また、記憶力の欠如については個人差が大きく、数分前の出来事を全く覚えていない重度のものから、ある程度は覚えることができても、同時に複数のことを覚えようとすると、どれかが抜け落ちてしまうといった症状が生じることがあります。
また、前向健忘には新しいことが覚えられないという症状が生じる場合もあり、短期的に記憶が出来なくなる症状を、ワーキングメモリーの損傷といいます。ワーキングメモリーとは、作動記憶や作業記憶とも呼ばれ、短期的に情報を保持し、同時に処理する能力のことを指します。例えば、人との会話において「○○がいいと思う」という相手に対し「私は××のほうがいい」と返す事などのことです。一見なにげない行為ですが、これは相手の話を一時的に記憶し、それに応じた自分の考えを構築する作業を繰り返すことで会話を成立させているのです。ワーキングメモリーに損傷を負うと、一時的な記憶が難しくなるため、会話が横道にそれたり、1つのテーマについて話し合うことが苦手になったりすることがあります。
注意転換の障害:切り替えができない
注意転換の障害とは、特定の対象に強く固着してしまい、他の対象や物事に対して注意を速やかに切り替えることが出来なくなることをいいます。ある物事に注意が向けられているとき、別の重要な情報に気がついて注意を切り替えて、その後、元々注意を向けられていた情報や行動に意識を戻すことを、”注意の転換”といいますが、高次脳機能障害の症状として、注意の転換ができなくなることがあります。例えば、料理中に電話がかかってきた場合、電話に気付かなかったり、気づいて電話に出ても、電話が終わったあとに再び料理に戻れなかったりする等といった症状が挙げられます。
注意分配の障害:同時処理ができない
注意分配の障害とは、いくつかの物事に対し、同時に注意を向けながら行動する能力が低下することをいいます。例えば、助手席の人と話しながら車の運転をする、鍋を火にかけているあいだに洗濯物の取り込みをするといったことです。交通事故に遭う前であれば特に意識しなくても出来ていた物事の同時処理が、高次脳機能障害により出来なくなることがあります。
選択的注意障害:注意が散漫
選択的注意障害とは、複数ある情報の中から必要なものだけを選ぶことができずに、注意が散漫になる症状のことをいいます。例えば、大勢の人の中から友人を見つける、賑やかな場所で自分に話しかけられた声を聞き分けるといったことです。この選択的注意に障害があると、あらゆる場面で見落としや聞き漏らしが増えます。
また、他の社員がいるオフィスでは、気が散って仕事に集中できないといった症状が出ることもあります。
易疲労性:集中が続かない
易疲労性とは、注意力や集中力が低下することで「脳が疲れやすくなる」ことを指します。脳は、多くの情報を同時に素早く処理できる複雑な器官です。また、脳の損傷(外傷)により、これまで学習により築き上げてきた神経回路が寸断された場合でも、それを補って元の能力を維持しようとします。健常者であれば10の力で処理してきた仕事を、例えば5や6の力で同じ仕事量をこなそうとするのです。そのため脳がフル稼働しなければならず、結果として脳が疲れやすくなるといわれています。一定時間、注意力や集中力を保つことができない持続的注意の障害は、周囲からは飽きっぽいと思われることもしばしばです。
また、本人は自分が疲れていることに気付かないことが多いというのも特徴的です。居眠りをしたり、急にぼんやりしたりする症状などがそのサインですので、周囲がそれに気付いてこまめに休息を取らせるという対応が大切でしょう。